種の多様性の保存

環境破壊や、人間による外来種の渡来が種の多様性を破壊する恐れがあると言うことはいつからということもなく言われ続けている。しかし、少し考えれば、生物の進化という歴史の中で環境に適応したものだけが生き残ってきた結果今のようなすばらしい(といえるかどうか知らんが)生物郡が出来上がったわけである。新たな種が生まれる一方で何らかの種が滅亡している、そういうことの繰り返しが自然というものであったはずだ。たとえばトキの人工繁殖がごとく、強引に種を保とうとすることの方が自然に反するとも取れないだろうか。
ブラックバスの例でも見てみよう。たまにワイドショーとかで取り上げられる、湖に放流されたブラックバスが繁殖してその地域の生態系を破壊する、とかいう話である。なぜブラックバスがいけないか、って問えば、大抵生態系が破壊されるから、とか言うところまでは耳にすることがあるんじゃないだろうか。しかし、そもそもなぜ生態系が破壊されるとよろしくないかといえば、水が汚れて観光的に良くないとか、もともとすんでた魚に依存してた鳥がいなくなって人間の生活的にさびしくなるとか、あるいは釣りをしてもブラックバスばっかしでつまらないとか、結局はそういう人間にとっての価値が出てくることになるんじゃないかと思う。つまり、自然を守るも何も、結局は自分たち人間にとっての利益がどうこうって話になるんだと思うわけだ。
だからといってイリオモテヤマネコが絶滅していいのかと言われてイエスと言うわけではないし、鯨漁の解禁を求めているわけでもない。それに環境の急激な破壊、あるいは加工とでも言い換えようか、は行われるべきではないというあたりは普通の認識だ。ただ、「自然を守る」とか「地球を守る」などとさも自分たち人間よりも生物界全体に奉仕しますよ、みたいな偉そうな口調だけはどうも気に入れないところがある。種の多様性を維持することも、環境に過度の負荷をかけないことも大事だが、それを主張するときの口調には注意したいものだ。


たまには1000字クラスの長文書かないと卒論かけなくなると思うんだよね。