(宗教論を)出すなよ、絶対出すなよ

以下文脈ノイズ多数、チラ裏。


ジツリキ現代文戻ってきた。
「解答丸付けしててみんな言ってることが後半になるにつれて支離滅裂だったり筋の通らないコピペだらけだったり…」
いやーだって元の文章が「外部の世界から無限のエネルギーを得られるようになる」「照らし出される存在」だもんなぁ。元の文章も良心を持った上で読めば筋の通ってるって言ってもいいだろうけど、その文章の基礎としてるのが結局宗教なせいで、「お前は全てを悟ってこの文章書いてるんだか何だか知らんが、知らずに書くなんてできるわけないし、知ってるといってもそれの普遍性っていかほどよ」みたいなループから抜け出せない。他人との思考の共有が哲学の発展に必須だのどうだの理論こそ聞くが、その理論すら元を辿れば一個人の価値観の元に構築されたもので、と思ったが、まぁ多数の人に認められる課程を経て結局のところ真実とはマジョリティ発想からして普遍性があるという断定形で表現できるものに、う〜ん。戻って、抽象的なことの書かれることの多い文ゆえ多数の暗喩が存在したわけだが、暗喩のバーゲンセールで記される情報は果たしてどれほど確実なのだろう。というのも、暗喩に頼るのは他に使用すべき語句がない証拠であり、それはつまりその事象が専用の用語を必要としないほど一般性を持たないとも見れる、とここまで書いておいて難だけど研究は概してそういうもので。で、ここまでの論旨関係なくて、論脈のまとまった文章をスマートに書き上げる所謂国語力や幾分複雑な論調を纏める能力に問題がある気もするが平均越えてるしまぁいいや。
何書きたいんだ俺は。