手組ホイールを考えるためのリンク集

オカルトと経験則の入り乱れるホイール剛性議論。手組ホイールを考えるにあたって参考になるリンクをまとめてみた。

ホイール剛性の誤解 (Debunking Wheel Stiffness)

(英語) http://www.slowtwitch.com/Tech/Debunking_Wheel_Stiffness_3449.html
縦剛性(Radial stiffness)・横剛性(Lateral stiffness)・駆動剛性("ねじれ剛性"とも、Torsional stiffness)の定義について図入りでわかりやすい。
「剛性が高すぎる」といった場合は縦剛性(振動が顕著に伝わる)、「低すぎる」と言った場合は横剛性(リムがブレーキにかする)について言及している場合が多く、駆動剛性は多くの場合認識できない、とされている。
また、剛性が低いアルミリムは横荷重に対してポテチ状に曲がってブレーキにリムがかすらないので剛性の低さがあまり認識されないが、カーボンディープではリムが固いためブレーキシュー側では路面の横応力と逆側にリムが寄ってシューとかするため横剛性が低いと誤解されることがある、というのも興味深い。


注:"ねじれ剛性" と言った場合、タイヤを側面から押した時のねじれ方向の剛性を意味することも多い。この意味の場合、横剛性と同義な気がしないでもない。紛らわしいので、ここでは駆動力を伝達する接線方向の剛性を "駆動剛性" で統一して記述することにする。

ロードバイクの科学』(ふじいのりあき、2008)

日本語で定番の名著。
7章で手組ホイールについて書かれていて、スポークテンションの目安を数値を上げながら説明されているのが特に参考になる。JIS規格では最低張力は700Cでは平均400N(41kgf)以上、最低150N(15kgf)以上であるが、70kgの人が34x25Tで32H6本取りホイールを踏むとスポーク一本の張力変動は最大でR側383N L側194Nなので、実際はもっとテンションが必要。筆者は880-1180N (90kgf〜120kgf) を基準としているそうだ。

  • スポークテンションはテンション変動よりも高い値にしなければならないが、高すぎるとリムが食い破られるのである程度以上高くできない
  • スポーク本数を減らすとスポーク一本当たりのテンション変動が増えて、結果として高いテンションが必要
  • テンション変動は踏み込みトルクによる効果が支配的で縦荷重の影響は小さい(〜21N at 32H 30mmリム)ので、前輪は負荷が小さい(=スポーク減らせる)

ここらが大事な結論。

ホイール剛性のテスト (Wheel Stiffness Test)

(英語) http://www.sheldonbrown.com/rinard/wheel/index.htm
スポークテンションは剛性に影響するか?(Does stiffness vary with spoke tension?) が大事な実験結果。
「テンション上げるとホイール剛性が上がる」という俗説に対し、応力ひずみ線図から想像がつく通りテンション上げても剛性が上がらないとする考えを裏付ける実験結果となっている。


(追記)
理論的に、縦剛性や駆動剛性はテンション上げても上がらないが、横剛性に関してはいくらか剛性が上がる気が最近してきた。
例えばDSを120kgfで張ったホイールはDSの16本のスポークにより右方向に500kgf、NDSの16本で左に500kgfの力がかかっていて、左右の釣り合いがとれた場所にリムが居座っている。タイヤに横方向の力がかかる時、スポークテンションが全く変化しなくともリムが横にズレて釣り合いを取ることができる。この時のずれ方は、例えば500kgfで釣り合ってる時に100kgf相当の力が横から加わった時と、300kgfで釣り合ってる時に100kgf相当の力が加わった時では後者の方が大きい。つまり、テンションが高いほど横剛性が高いことが推測できる。
ただしこの効果は小さいので実用上は無視できるであろう。

なぜホイールのスポークは綾を取る(interlacing)のか

http://kaoriha.org/nikki/archives/000730.html
完組ではアヤを取らないのが主流なことから考えてホイールメーカーは実験的に意味がないことを知っているのだろう、という日記。
「アヤを取ると剛性が上がる」という俗説もあり、スポークテンションを上げた時にアヤを取る場所での摩擦力が増えるのだけは事実。"仮に"これが剛性に寄与しているというのならばテンション上げた方が剛性が高いということになる。この摩擦で効果があるなら、結線ハンダ付け(Soldering ソルダリング)すれば最強ってことになるが、果たして。
現実的には、アヤを取ることで

  • スポークが緩みにくくなる
  • RDとスポークの間の距離がわずかに広がる
  • 組む時にスポークのねじれが起こりにくくてニップルを回しやすい
  • スポークが折れてもホイールからはずれにくくて安全

といった効果が指摘されている。アヤを取って損することもないし、とりあえずアヤを取っとけばいいでしょう。

のむラボ日記

正直ここに並べるべきではなかったか……
http://pass13.blog.fc2.com/
近年急速に手組ホイール界で信者を増やしてると噂で、手組ホイールの販売と持ち込み自転車の改造のみを行う大阪のショップのblog。結線ハンダ付けもここが積極的に推奨している節があるが、剛性ではなく左右テンション差の改善のため としている。
知らないと読めない独自用語の定義が多い。例えば

//pass13.blog.fc2.com/blog-entry-19.html">ヌポーク:ヘッドインあるいはエルボーアウトとも。フランジをハブの内側から外側に向けて通したスポーク、外側から内側に通すのは反ヌポーク。
//pass13.blog.fc2.com/blog-entry-64.html">ヌポークラジアル組:全てのスポークをヌポークにして組んだラジアル組。一般的には全て外側から内側に通す反ヌポーク組のほうが主流でそのほうがスポークが折れにくいようだが、ヌポークラジアル組は実効的にフランジ幅を広める効果がある。単にヌポーク組とも。
ヨンロク組
フリー側(DS)を四本組、反フリー側(NDS)を六本組 とするタンジェント組。左右テンション差の改善に効果がある。自分の計算だと高々5%ぐらいしか変わらない気もするが*1。同様の用語に「ヨンパチ組」「ヨンゼロ組」などがある。
ヤマアラシさん方向
フリー側スポークのうち、走る時に引っ張る力がかかるスポークの方向。これをヌポークで構成するのがJIS組イタリアン組問わず基本とされる。
//pass13.blog.fc2.com/blog-entry-76.html">RK:「スポークがリムを食い破る力」の略。スポークテンションと等しい、と思いきや……
ST
"スポークテンション"の略、なのだが、のむラボでは 18Hの後輪はフランジ片側で異径組みせざるを得ない話 の後半などで見られる通り、一般的な意味でのスポークテンション[kgf] と 引張応力[kgf/mm^2] を混同している*2。のむラボでRKと区別してSTと言った場合は後者を意味することが多い。
真の最接線組・ラジアン感覚
いみがわからない。左右テンション差の改善のために長いスポークを用いる32H八本組などの無理のある組み方をしたかった って書けばいいのに。32H八本組とかやってできなくはないが、スポーク長が無駄に長くなって縦横駆動剛性が落ちて重量が増す。

ハブやスポークの実測データは参考になるが、独自理論の真偽には注意が必要。

2ch 自転車板 手組みホイールスレ(【手組み】ホイール組は心の振れ取り**H【車輪】)

有用なデータからただの煽り合いまで玉石混交。
スレでよく出てくる用語について解説する。

DS(Drive Side)・NDS(Non Drive Side)
リアホイールの右側つまりフリー側を駆動力を主に担うということでDrive-Side略してDS。反フリー側はNDS
1x,2x,3x
1x=1クロス=2本組、2x=2クロス=4本組、3x=3クロス=6本組
対称組
後述の2to1などに対し、左右同本数・同本組の普通の組み方。
2to1組
Fulcrumの同名構造より。2:1組、単に2:1とも。ShimanoのいうところのOPTBAL。リアホイールでNDSのスポーク本数をDSの半分に減らすことでテンションの左右差を劇的に改善でき、駆動剛性も上がる。一方、ハブやリムの選択肢が狭く、同本数の対称組に対して横剛性が若干劣るのが欠点。手組みで行う場合は、穴振りのされていない24Hリムに32Hハブを組み合わせることが多いが、2to1組専用ハブというのもある。理論的にはスポーク折れしづらく、DSのテンション上げすぎてリム壊すリスクがなくて組む時に楽だと思うのだが、是非は議論が分かれる。
イソパルス
Mavicが採用。DSラジアル・NDSタンジェントとすることでテンションの左右差をいくらか改善し、更に駆動トルクの左右での分配バランスも改善できる、としている。DSラジアルではあるが、WH-6800のフロントハブのようにスポークが2本毎にまとまってるため、DSのスポーク角は5deg程度ある模様。ハブボディのねじれ剛性が 1000 Nm/rad 程度とすると綺麗に左右で釣り合っていることが計算できる。通常DSはタンジェント組にしてトルク伝達させるのが基本だが、イソパルスはハブボディの剛性の低さを鑑みた逆転の発想。
トリプルフランジ
Reynolds RZRのトルクフランジハブなど、後輪で駆動力伝達用の中心フランジと、横剛性のためにラジアルで組んだ左右フランジで合計3枚のフランジがあるホイール。駆動力伝達を完璧に自転車の中心で行うために、それに起因するねじれがないという点で理想的。
のむラボ、NRS、ガソリンアレイ
いずれも手組みホイール記事の多いショップblog

交差数は剛性にどう影響するか?(自転車探検!より)

http://www.geocities.jp/jitensha_tanken/wheel.html
出典元が記載されていないが、興味深い表があったので転載する。

交差数の影響
スポークに基づく車輪の剛性はスポークの交差数によって変わる。
交差数(2、3および4交差)が車輪の縦剛性、横剛性およびねじり剛性に与える影響を表4に示す。
剛性が最も大きい交差数の剛性を100%として相対的な割合を示してある。
縦剛性および横剛性は交差数が少ないほうがやや大きいのに対し、ねじり剛性は交差数が多いほうが大きい。
駆動力の伝達と関連する、ねじり剛性が大きい方が加速性が良い。


表4 スポーク交差数とホイール剛性の関係交差数

2交差 3交差 4交差
縦(半径方向)剛性 100 97 94
横(横方向)剛性 100 91 82
ねじり(接線方向)剛性 37 79 100

通説では「タンジェント組にするとスポーク全体でリムを支えられて横剛性が増す」とされることが多く、前述の『ロードバイクの科学』もその一つ*3だが、さらっと書かれてるこの表では「タンジェントになるほど横剛性はむしろ落ちる。縦剛性に対する比で見ても駄目」となっている。スポーク数やリム高についてのデータが記されてないが、スポークが長くなるので剛性が落ちるという見方もできる。

『The Bicycle Wheel』(Jobst Brandt、1993)

150ページまるまるホイールの話。やや時代背景が古く、「36Hで壊れにくいホイールを作れば剛性不足ということはない」「ディスクホイールが出るまでは、1km TTとかで24Hホイールが空気抵抗削減のために使われることもあった」など。
どの項もわかりやすく記述されているが、具体的なスポークテンション計算をしてる項が少ないのは残念。

  • 結線ハンダ付けは折れたスポークが脱落してトラブルに至るのを防ぐ目的のみで行われてきたもので、これの有無で縦横駆動剛性に有意な変化がないことは計算および実験の両面から示されてる(p.76)
  • スポーク強度のテスト結果が載っていて(p.125)、例えばDTのストレートスポークは2.0mmは2500N、1.8mmは2000Nあたりが比例限界だろうか。
  • ハブボディはスポークに比べて剛性が低いことが具体的な剛性計算の式から途中計算含めて示されている。典型的な値として、典型的な値としてアルミ製ハブボディの剛性 34 Nm/deg、片面あたりのスポークのトルク剛性 195.4 Nm/deg (36H3xで1.6mmスポーク)。この場合、NDSが担うトルクの比率は全体の13%になる。

スポーク張力の例(自転車探険! より)

完組の推奨テンションは各社で公開されてるので、それを表にまとめると具体的なテンションの目安として使える。
http://www.geocities.jp/jitensha_tanken/spoke_tension.html
JIS規格やSBAAだと400N=41kgfが目安らしいが、完組ホイールではそんな低テンションじゃ少スポークは務まらないのか、もっと高テンションでリアDS 1200Nとかまでキンキンに張られている。完組ホイールではスポーク穴の周囲だけリムが厚くなって補強されてる例もあるので、1500Nとかを手組みリムで真似するとリムがやられるかもわからんが。

個人的な雑感とか

  • 弾性変形の領域のみで用いるので、スポークテンションと剛性は無関係。スポークテンションにはリムorスポークの強度から決まる1本当たりの上限と、荷重・組み方・本数によって決まる下限のみがある。スポーク数を減らすと下限が高くなって最適範囲が狭くなるため、より頑丈なリムとスポークが必要になる。
  • スポークテンションを上げた時の乗り心地の違いは、剛性の変化ではなく固有振動数の変化によるものではないか。こればかりは個人の感性の問題。
  • スポークテンションをある範囲内に収め、それを円周上で均一にするために、左右のテンション差の是正が理想的。個人的には24Hリム32Hハブで2:1組でDS側を細いスポークにするのが綺麗でいいと思う。
    • 縦荷重に対する応答が左右で違うのを補正する必要があるかと思ったが、縦荷重はセンター-左右フランジの距離に応じて左右に分配されると考えると、結果的に縦荷重により各々のスポークにそのテンションに比例した力がかかる(はず)。よって2:1組なら左右で同じスポーク太さ一択。むしろ、一般的な1:1組32Hは定常走行時で1/3000radぐらいのオーダーで軸がブレてる計算になる気がするが、リムの部分で0.1mm程度に相当するので無視できるだろう。
  • 駆動剛性は主にスポークが担ってるはずだが、完組ホイールだと反フリーラジアルの2to1 21Hとかが当たり前なことから考えて、駆動剛性は実はそんなに要らないのだろう。スポークによる駆動剛性は比較的簡単に計算できるが、実用上どこまで必要か。
  • 単にホイール剛性を上げたいなら高さがあって幅が広いリムで、太いスポークを本数多くすれば良い。重量は増えるが。
  • ふと思ったが、テンション変動は主に駆動トルク起因なので(ロードバイクの科学にそう書かれてたが、この前提は怪しい)、トルクにより緩む方向のスポークを減らしたり角度をラジアルに近くしたりして初期テンションを上げておけばより狭いテンション最適範囲でも組めないだろうか。左右のテンション比を是正して、真円保つために高さのあるリムを使うのが前提。
    • 例えば36Hハブを用意して、スポークの角度は6本組にして RRLRRL…… の順番に通せば綺麗に組める (Rを引っ張り側、Lを緩む側のスポークとする)
      • なお、36Hだとスポーク本数削るという当初の目的が果たせないし、24Hだと6本組ができない、駄目じゃん
    • 24H4本組を基本として緩む側を3本に1本間引いて合計20本とかもあり
    • 当初勘違いしてたが、緩み側と引張側で太さを変えても釣り合う初期テンションは同じ。スポーク強度が要るのは引張側だけなので、緩み側だけ細いスポークにするとスポーク起因のテンション上限を変えずに軽量化できる。
      • NDS側のみ細いスポーク使っても左右テンション差の改善にはならない。一応、左右同本数の場合はNDS側のほうがテンションが低いので細いスポークを使って軽量化でき、WH-RS80-A-C24-CL にもその設計が見られる。
  • イソパルスやトリプルフランジに見られる、駆動トルクがかかった時にリムを横方向に動かそうとする力をなるべく相殺させる方針も面白そうだ。ただし、ハブ剛性1000Nm/radでは32H DS1x NDS3xでもDS側の駆動剛性が高すぎてかえってトルクの左右バランスが悪くなる。2000Nm/radならDS1x NDS3xがちょうどいい。ハブのねじれ剛性を評価できない場合はDS3xで組んでDSでトルク伝達させるのが無難ということか。

*1:左テンション : 右テンション = 左スポーク長 / 左センターフランジ距離 / 左スポーク本数 : 右スポーク長 / 右センターフランジ距離 / 右スポーク本数 で概算できることが力の釣り合いの式からわかる。ただし、フランジから出たスポークは一直線にリムの穴へ向かうと仮定している。

*2:引張応力がスポーク内での場所によらない場合、スポークテンション = 引張応力 * スポーク断面積

*3:ロードバイクの科学』の中で剛性の違いが実走でもよくわからなかったと書いているあたり、筆者はあまり剛性にこだわっていなさそうだ。30mmリムにフロント12Hリア16Hのホイールでも耐久性に多少目をつぶれば実用に足るとか書いてるし。